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神戸地方裁判所尼崎支部 昭和52年(ヨ)57号 判決 1978年10月27日

申請人

中居正三郎

外一六二名

右訴訟代理人

吉井洋一

外二名

被申請人

尼崎市

右代表者

篠田隆義

右訴訟代理人

大白勝

外三名

被申請人

三井建設株式会社

右代表者

豊時房

右訴訟代理人

武田雄三

主文

申請人らの本件申請はいずれもこれを棄却する。

申請費用は申請人らの負担する。

事実《省略》

理由

一当事者および本件橋梁工事について

1  被申請人は、仮称東園田橋(本件橋梁・別紙各地図表示)の架橋およびその管理を行なおうとするものであり、被申請人会社は市から右本件橋梁工事(ただし、一部工事)を請負つている施行者であること、申請人ら一六三名は尼崎市東園田町八丁目のうち本件地区(別紙各地図赤線で囲まれた地区)内に居住するものであることは当事者間に争いがない。

2  <証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  本件橋梁は、別紙第一地図表示のとおり、市の都市計画道路である西川園田線(市道)の一部を形成するものであり右西川園田線はその北側に存する園田西武庫線、西側に存する尼崎豊中線、南側に存する山手幹線の各幹線道路とこれらに囲まれた近隣住区とを結ぶ補助幹線道路としての機能を有するものである、西川園田線は尼崎市西川字下川田地先を起点とし同市東園田町一丁目地先を終点とする幅員一二メートル延長三八三〇メートルの道路であるが、本件橋梁部分、阪急電鉄神戸線との立体交差部分を含めて全長の約六〇%が未整備である。

(二)  本件橋梁は河川(藻川)および市道上に設置されるもので、その工事は下部工(橋台二基、橋脚三基の建設)、上部工(橋桁の製作、橋桁の架設および橋面仕上げ)、取付工(左右両岸の取付道路の築造)の三工程からなり、右の下部工工事につき、尼崎市長は被申請人会社と昭和五一年一一月二九日仮請負契約を結び、同年一二月二三日右契約締結につき尼崎市議会の承認可決をえたうえ、同月二八日本契約を締結した。これに基づき、被申請人会社は右工事に着手し、昭和五二年五月これを完了した。

二当事者適格等について

1  被申請人のなす本件橋梁工事は、都市計画道路である西川園田線(市道)の整備工事の一環として施行するものであり、これは被申請人がその行政目的達成のために「都市計画法」(昭和四三年法律第一〇〇号、右法律による改正前は都市計画法大正八年法律第三六号)に基づいてなす行為ということができるが、本件差止請求の対象である本件橋梁工事自体は、被申請人が私人と対等の立場に立つて締結する私法上の請負契約により私有地外の河川(藻川)および市道上に本件橋梁を設置するという事実行為であつて、右工事の施行それ自体は公権力の行使という性質を有するものではなく、まして被申請人が公権力の行使により直接住民の権利義務を形成し、またはその範囲を確定することを法律上認められている場合に該当するものでないから、行政事件訴訟法四四条にいう「行政庁の処分その他の公権力の行使に当る行為」には該当しないものであり、したがつて、本件橋梁工事の差止請求の可否は民事訴訟法上の仮処分の対象となりうるものというべきである。

2  申請人らが居住する本件地区と本件橋梁設置場所との位置関係から判断すると、本件橋梁の設置が申請人らの生活環境に影響をおよぼすものであることが認められる。

ところで、本件橋梁工事は申請人らの属する市がその行政上の施策として所定の手続を経て実施する都市計画道路整備の一環としてなされる公共事業であり、これにより附近住民である申請人らがその生活環境において何らかの被害を受けることがあるとしても、原則としてこれを受忍すべき義務があるものというべきであり、当裁判所も右行政上の施策の当否につき判断する機能を有しないこというまでもない。

しかし、本件橋梁の設置が不法とみなされる場合、すなわち右橋梁の設置により申請人らの生活環境が継続して著しく侵害され、ひいては正常な住居地としての利用が困難となり、受忍限度を超えるものとなることが明らかに認められる場合には、もはや申請人らの犠牲において本件橋梁を設置することは許されないものというべきで、しかも右の被害は金銭的補償によつて回復し難いものであるから、申請人らは右被害の発生を予防するために本件橋梁工事の差止を求めることができるものというべきである。

よつて、本件仮処分申請につき、申請人らに当事者適格を認め、以下右観点からその申請の当否について検討を加える。

三被申請人会社に対する請求について

被申請人会社は、被申請人から本件橋梁工事のうち下部工工事を請負つたものであるが、右工事は既に完了し、現に同会社のなすべき工事は存しないことが明らかである。よつて、申請人らの被申請人会社に対する工事続行禁止を求める本件仮処分申請は、爾余の点につき判断するまでもなく、理由がないことが明らかであり棄却を免れない。

四被申請人に対する請求について

1  本件地区の現状等

<証拠>を総合すると、次のとおり認定判断することができる。

(一)  別紙第二地図のとおり、本件地区の周囲に公害発生源となりうる施設等が存する。すなわち

本件地区中央部を南北に西川園田線が縦断し、昭和五一年一二月における一日の通行車輛は約三五〇〇台であり、また、本件地区西端から西方約五〇〇メートル地点を南北に尼崎豊中線(第一地図)が走り、昭和四九年六月における一日の通行車輛は約五〇〇〇台である、また

本件地区東側に、昭和三八年七月名神高速道路が開通し、多数の車輛が通行しており、

本件地区の北方に大阪国際空港があり、同空港を離着陸するジエツト機の一部が本件地区上空を通過し、

本件地区北側を阪急電鉄神戸線が同地区に沿つて東西に走つており、その軌道の高架工事が進められており、さらに

本件地区南側を藻川が同地区に沿つて東西に流れており、

本件地区から藻川をへだてた対岸には市立火葬場が存する。

(二)  ところで、本件地区の別紙第二地図点において、市が昭和五〇年一〇月および同五一年一二月に測定した大気汚染状況は別紙第一表のとおりであり、<証拠>による市の常設測定局五局(北部、中部、南部、東部、西部)の平均値と比較しても本件地区が決して良好な環境にあるとは言い難いが、二酸化窒素を除く他の物質の平均値は環境基準に適合していることが明らかである(なお二酸化窒素については第一表注記載のとおり環境基準が緩和され、その基準によると右数値はこれに適合していることになる)。

また、右測定位置(別紙第二地図点)は本件地区内の西川園田線の東側に設けられているが、東側(住宅側)からの風が吹いている時の方が西側(西川園田線側)からの風が吹いている時よりも、窒素酸化物および一酸化炭素の数値が高いことが認められる。このことからすると、本件地区の大気汚染は西川園田線などの局所的な汚染源によるものではなく、広域的な汚染源に支配されているものと解される。

更に、尼崎豊中線における別紙第一地図点(園田橋取付道路下)における昭和五〇年一一月に測定された大気汚染に関する各物質の平均値は本件地区における各平均値と同等であり、しかも尼崎豊中線は本件地区から最短距離にして約五〇〇メートル離れていることからすると、右道路を通行する車輛の排出ガスが本件地区の大気汚染に及ぼす直接的な影響力は小さいものということができる。

ただ、別紙第一表によると、各物質の平均値は昭和五〇年一〇月よりも同五一年一二月の数値の方が高くなつているが、昭和四七年度から同五一年度までの大気汚染の月別変化をみると、二酸化窒素、一酸化炭素についていずれも一一月と一二月の平均値が他の月の平均値よりも高いことが認められるのであり、したがつて別紙第一表の測定結果から本件地区の大気汚染が年々悪化していると結論づけることはできない。

(三)  市が昭和五〇年一一月と同五一年一〇月に名神高速道路下(別紙第二地図点)で測定した騒音値、および昭和五〇年一一月と同五一年一二月に本件地区内の西川園田線上(別紙第二地図点)で測定した騒音値、さらにそのころ阪急電鉄神戸線側(別紙第二地図点)で測定した同電車の騒音値は別紙第二表のとおりであり、前二者の測定値はいずれも環境基準を上廻るものである。また、昭和五〇年一一月二五日、二六日、一二月八日の午前一〇時五六分から午後四時二二分までの間に藻川堤防上(別紙第二地図点)で測定した航空機による騒音値は最高八三db、最低六二dbであることが認められるが、右測定値を航空機騒音の環境基準WECPNL(航空機の一日の総騒音量を評価する単位)値に仮換算すると六八となり、右数値は住居地域に適用される右環境基準七〇以下に適合していることになる。

以上により、本件地区の生活環境は騒音により相当程度侵害されていることが明らかであるが、別紙第二地図点から東へ約三五〇メートル、西へ約四〇〇メートルの各地点では、家屋が遮音壁となり、昼間の中央値が五ないし六ホンも低減していることが認められ、また、名神高速道路に騒音壁を設置した地域においては騒音の中央値が約七ホン低減していることからすると騒音壁が騒音に相当程度の効果を有することが認められる。

(四)  本件地区において、南風が吹くとき臭気を感じるひとがいるが、これは藻川の汚染ないし市営火葬場の煙によるものと推察される。

ところで、水質汚濁に係る環境基準のうち河川水城における環境保全のための基準値は、生物化学的酸素要求量(BOD)一〇ppm以下、溶存酸素量(DO)三ppm以上であるところ、昭和五二年度の藻川水質結果によると、藻川橋下(別紙第一地図表示)においてBOD=7.8、DO=5.5、同橋の上流約三八〇〇メートルの上園橋下においてそれぞれ4.4、6.7であり、いずれも環境基準に適合していることが明らかである。

また、市立火葬場について、悪臭の一原因物質といわれるトリメチルアミンを、昭和五〇年一一月六日、七日の操業中に、藻川堤防上で測定した結果によると、0.001ppm未満でありこれも規制基準(0.005から0.02の範囲内)に適合しているものである。

(五)  本件地区において、昭和五一年九月、本件地区居住者五七四名を対象に申請人らが実施した健康調査結果、および昭和四七年一〇月、大阪市環境保健局らが大阪市此花区四貫島大通(暴露地域)、同区伝法町(対象地域)に各居住する住民を対象に実施された健康調査(問診)結果は別紙第三表のとおりである。右大阪市環境保健局のなした調査は、該当地域に過去三年以上居住する二四時間居住者(成人男女)を対象とし、しかも訓練を受けた面接者による直接問診によるものと認められ、他方、申請人らのなした調査は、本件橋梁設置の当否を問う資料とするためのもので、しかも居住年数、居住時間、年令等の制限なく本件地区居住者を対象とし、その回答は問診によることなく回答者自身およびその保護者が記入する方法によるものであり、これら両者の調査方法等の相異からすると、両者の調査結果を同等な基準で比較することはできない。しかし、申請人らのなした右調査結果によると、本件地区居住者の三〇%から四〇%の者が身体上の不調を意識していることが認められる。

以上認定判断したところによると、本件地区は、北側の阪急電鉄神戸線、東側の名神高速道路、南側の藻川、市立火葬場、中央部の西川園田線、上空の航空路にとり囲まれ、また阪神間の広域大気汚染源の影響等により生活環境が侵害され、その居住者の多くは身体上の不調を意識していることが認められるが、大気の汚染についてはいずれも環境基準に適合しており、臭気についてもその発生源とみられる藻川、市立火葬場に悪臭と評価されるに足りる発生要因を認めることができない。ただ、騒音については、環境基準を上廻るもののあることを認めることができるが、これとても環境基準を大きく上廻つてきわめて憂慮すべき状況下にあるとは言い難く、結局、以上のすべてを総合しても被申請人らの生活環境が著しく侵害されている状況にあるものとは認め難い。

2  本件橋梁が完成した場合の影響等

本件橋梁工事は下部工工事が完成し、被申請人はその上部工および取付工を続行しようとしているものであるが、同橋梁が完成すると、藻川により寸断されていた西川園田線が連結することになり、さらに阪急電鉄神戸線の高架化が完成すると、同線と西川園田線は立体交差することにより右神戸線により寸断されていた西川園田線がこの地点においても連結することになる。

<証拠>によると、市は本件橋梁の完成時には、本件地区の西川園田線を通行する車輛は一日約五五〇〇台と予想しているが、右通行車輛の増加が本件地区の生活環境に影響を及ぼすことは明らかである。しかし、他方において、自動車排出ガスによる窒素酸化物の排出量、固定発生源による同酸化物の排出量の各規制が強化されており、また、騒音規制法による自動車騒音の大きさの許容限度も強化されていることでもあり、しかも、市としても申請人らの代表者との交渉の過程において、本件橋梁の設置に伴い防音壁を設置、植樹をなし、さらに事情により公安委員会と相談の上西川園田線の交通規制を行うなどして現環境状況よりも悪化させないことを約束しているのであるから、現時点において、本件橋梁の完成により、本件地区の生活環境が極度に悪化するものと予測することはとうていできず、結局本件全疎明によるも本件橋梁の設置が申請人らの生活環境を不法に侵害するものと認めることができない。

3  そうすると、申請人らの被申請人に対する本件仮処分申請はその理由がなく失当として棄却すべきである

(ただし、本件地区の現生活環境は前示のとおり、殊に騒音の面において良好なものとは言い難く、申請人らは本件橋梁の設置により、それが受忍の限度を越えるものではないとしても、生活環境がさらに侵害されるとの不安を抱いているのであるから、市としては、市議会建設委員会の「工事の着工については地元と十分話し合いをされたい」との付帯意見の趣旨に従い、当裁判所が高く評価する前示約束の履行について住民の納得を得るよう努力されることを希望する。)

四以上の次第で申請人らの本件申請をいずれも棄却することとし、民訴法八九条、九三条により主文のとおり判決する。

(中田耕三 朴木俊彦 倉谷宗明)

第一地図、第二地図<省略>

第一表

物質名

単位

区分

最高値

最低値

平均値

環境基準

二酸化窒素

ppm

A

0.046

0.018

0.034

0.02以下

(0.04から0.06までのゾーン内またはそれ以下)

B

0.050

0.022

0.037

一酸化窒素

ppm

A

0.048

0.015

0.033

B

0.120

0.018

0.060

一酸化炭素

ppm

A

2.5

1.2

1.83

10.0以下

B

4.6

1.4

3.2

二酸化硫黄

ppm

A

0.015

0.008

0.011

0.04以下

浮遊粒子状物質

ppm

A

0.117

0.015

0.056

0.1以下

B

0.105

0.015

0.060

光化学オキシダント

ppm

A

0.045

0.031

0.036

0.06以下

(注) 1. 区分Aは昭和50.10.21から同月30日までの測定結果

区分Bは昭和51.12.2から同月10日までの測定結果

2. 環境基準とは,公害対策基本法9条1項に基づき定められた基準であり,その数値は光化学

オキシダントについては1時間値(1時間値0.06以下とは年間を通じて1時間値が0.06以下であ

ること)であり,その余は1時間値の1日平均値(連続する24時間における1時間値の平均)

である。なお,二酸化窒素の数値は昭53.7.11に新たに告示のあつたこと当裁判所に顕著で

あり,その数値は( )に表示するものである。

3. 測定位置は第二地図の点。

第二表

測定位置

単位

備考

名神高速道路下,

第二地図点

ホン

(A)

59.1

61.9

60.5

56.1

昭50.11.25から50.11.27までの測定による中央値

55.8

59.1

57.2

51.2

昭51.10.22から51.10.25までの測定よる中央値

(環境基準)

55

60

55

50

住居地域で二車線を越える車線を

有する道路に面する地域

本件橋梁北方地点,

同地図点

ホン

(A)

47.1

56.5

53.6

46

昭50.11.28から50.12.1までの測定による中央値

53.7

55.8

54.8

45.6

昭51.12.1から51.12.5までの測定による中央値

(環境基準)

50

55

50

45

住居地域で二車線を有する道路に面する地域

(注) 朝……午前6時から午前8時まで     昼……午前8時から午後6時まで

夕……午後6時から午後10時まで    夜……午後10時から翌午前6時まで

測定位置

単位

道側

50m地点

100m地点

電車平均時速

備考

阪急電車騒音

第二地図点

ホン

77.7

61.2

50.3Km/H

昭50.11.28午後2時14分から

同54分までの上り,下り平均値

74

64

57

57Km/H

昭51.12.3午前10時28分から

11時44分までの上り,下り平均値

第三表

(単位%)

身体症状

本件地区

暴露地区

対照地区

頭の痛みを訴える者

42.8

64.0

22.0

眼の疲れを訴える者

68.4

80.0

45.0

眼がしみたりチカチカする者

34.9

42.0

17.0

眼のまぶしさを訴える者

32.3

64.0

17.0

耳鳴を訴える者

33.3

34.0

6.0

クシャミが続けて出ると訴える者

33.7

46.0

33.0

不快な臭を感じる者

46.2

44.0

11.0

口が喝いたりねばねばすると訴える者

45.5

54.0

39.0

よく咳がでると訴える者

34.0

42.0

33.0

よく啖がでると訴える者

32.6

40.0

11.0

立ちくらみ,貧血を訴える者

43.6

40.0

22.0

よく風邪をひくと訴える者

54.0

52.0

44.0

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